副業を始めたとき、多くの会社員が気になるのが「本業の残業代に影響があるのか」という疑問です。実は、労働基準法では本業と副業の労働時間を通算するルールが存在します。ただし、実務では意外と複雑な運用になっており、2024年の法改正も絡んできます。
具体例を挙げます。Aさんは本業で月150時間働き、副業で月50時間働いているとします。法定労働時間は週40時間(月約173時間)なので、この場合は月200時間の労働になり、通算で27時間が法定時間を超えています。理屈上は、この27時間すべてに対して残業割増賃金(通常賃金の25%以上)が発生する可能性があるわけです。
ただし、日本の労働基準法第38条には「使用者の通算義務」というルールがあります。これは同一の労働者が複数の使用者のもとで働く場合、各使用者が協力して労働時間を通算し、法定労働時間を超えた部分に割増賃金を支払う責任があるというもの。つまり、本業の会社と副業の会社の両方に通算の責任があるという解釈が法律上成り立つのです。
ここが問題です。労働基準法は通算ルールを定めていますが、現実の運用では機能していません。理由は単純で、本業の会社が副業の存在を把握していないケースがほとんどだからです。
本業の会社が副業を知らなければ、当然通算は発生しません。月150時間で給与計算され、そのうち150時間目から173時間までの23時間のみが残業扱いになります。一方、副業の会社も労働時間の通算状況を知らないので、副業分50時間をそのまま支払うだけになるのが実際のところです。
ここで重要なのは、労働基準法上は「通算すべき」という規定はあるものの、通算されていない状態が常態化しているという点です。つまり、副業を内緒にしている限り、本業の残業代計算は本業の労働時間だけで行われるという実務慣行があります。
しかし、この状況は脆弱です。万が一、会社が副業の存在を知った場合、遡って残業代の計算をやり直されるリスクがあります。
2024年4月から、労働基準法の解釈・運用が強化されました。厚生労働省は「複数事業場での労働時間通算ガイダンス」を発表し、使用者の通算責任をより明確にしています。
ポイントは以下の通りです。
第一義的責任は主たる使用者にある
労働者が複数の会社で働く場合、本業(主たる労働)の会社が中心となって通算管理する責任を持つという指針です。本業の会社は、従業員に副業の状況を報告させ、必要に応じて労働時間を通算する義務が生じやすくなりました。
副業の会社にも通算情報提供の協力義務
副業の会社も、労働者からの要求があれば労働時間の記録を提供する必要が出てきました。これまでは「副業なんて当社には関係ない」という姿勢が通用していましたが、今後は難しくなります。
具体的な数字で説明します。Bさんが本業(月180時間、時給1500円)と副業(月30時間、時給1200円)をしているとします。
通算前の計算:
通算後の計算(法定労働時間超過分すべて割増対象):
2024年改正では、この協議や通算責任の明確化が企業に求められるようになりました。特に大企業やコンプライアンス意識が高い企業では、副業申告を義務化し、通算管理を厳格化する動きが出ています。
重要なのは「どのタイミングで割増が発生するのか」です。
ケース1:同一日に複数の勤務をしている場合
朝9時〜17時で本業、夜19時〜22時で副業というパターンでは、同一日に8時間+3時間=11時間働いています。この場合、1日の労働時間が8時間を超えた部分(この場合3時間)に対して割増賃金が発生する可能性があります。日ごとの法定労働時間超過分です。
ケース2:週単位での通算
複数の会社に勤める場合、週ごとの労働時間も通算対象になります。月単位ではなく、毎週月曜〜日曜で計算し、40時間を超えた部分が割増対象です。
ケース3:月単位での通算
最終的には月単位で調整されます。月173時間(週40時間×約4.3週)を超えた部分が割増対象になるのが原則です。
実際には、本業と副業のどちらが「優先」かで手続きが分かれます。通常は本業優先で時間を引き当て、残った時間が副業に充当されます。
副業を会社に申告する場合、実務的には以下のことが起きやすいです:
申告した場合
本業の会社が通算管理に動き、副業の時間を把握します。その結果、本業の残業代計算が変わる可能性があります。例えば、月200時間働いているなら、本業だけで173時間を超えているか、副業を含めて超えているかで、割増対象時間が変わります。
申告したことで、本業の残業手当が減る可能性もあります。特に、副業の時給が本業より低い場合、通算によって「調整」される局面が生まれるからです。
申告しない場合
通算がそもそも発生せず、本業と副業の残業代は独立して計算されます。ただし、後になって会社に発覚した場合、遡って通算計算をやり直される可能性があります。さらに、副業禁止規定のある会社なら、懲戒処分の対象になるリスクもあります。
改正ガイダンス以降、大手企業では以下の動きが活発化しています:
1. 副業申告フォームの導入や見直し
2. 労働時間の通算管理システムの整備
3. 就業規則の改定(副業時間の報告義務を明記)
4. 複数事業場での雇用時に確認書の署名
小・中企業でも徐々に対応が進むと予想されます。
重要なのは、副業で稼いでいる会社員にとって「通算」は両刃の剣だということです。通算されれば、本来より多くの割増賃金がもらえる可能性がある一方、本業と副業のどちらかの給与が調整される可能性もあります。
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